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高麗人参栽培における菌根菌の重要性と水耕栽培の中止

高麗人参

品質の良い高麗人参をリーズナブルな価格でご提供できるよう高麗人参の水耕栽培について検討してきましたが、一旦中止したいと考えています。
理由は、水耕栽培の実験を通じて、高麗人参の栽培にとって共生微生物の菌根菌が非常に重要であることがわかったからです。

高麗人参の栽培に水耕栽培は向いていない

当初、高麗人参栽培の難しさを、長年の工場勤務で培った工程管理や品質管理手法によって解決できないものだろうかと考え、温度や肥料成分などを数値で管理しやすい水耕栽培から始めました。

しかし、養液中で成長する高麗人参の根を観察する中で、ムシゲルの存在に気付きました。そして、それは植物が共生微生物を集めるために排出している分泌物であることを知りました。

高麗人参の共生微生物は菌根菌で、高麗人参の栽培にとって菌根菌が非常に重要な存在であるとの結論に至り、菌根菌を導入することができない水耕栽培は、高麗人参の栽培に向いていないと判断しました。

高麗人参の根から菌根菌の存在に気付く

水耕栽培の実験を進めていくうちに、高麗人参の根に付着しているゼリー状のものを発見しました。いろいろ調べてみると、これはムシゲルというものであることが分かりました。

高麗人参高麗人参の根毛から分泌されるムシゲル

ムシゲルは植物が排出する分泌物で、炭水化物、有機酸、タンパク質、アミノ酸から酵素、さらに植物ホルモンなど植物の細胞内にあるほとんどの化合物を分泌しています。その量は光合成で得た炭素の10%以上も占めます。

なぜ、せっかく光合成で得た養分を排出するのでしょうか?しかも10%も?

その理由は、微生物を自分の根の周り(根圏)に集めるためです。根圏微生物は植物の排出する分泌物、とくにエネルギー源の炭水化物をもらいます。そのお返しに微生物はアミノ酸や低分子量核酸などを排出します。それらは宿主植物の成長に効果的にはたらき、病害虫耐性を高めたり、耐環境性を高めたりします。

 しかし、水耕栽培においてはムシゲルが水に溶けたり流されてしまうため、有益な根圏域を作ることができません。
 
 植物の排出する分泌物はその植物特有のものであるため、それを求めて集まってくる微生物にも特徴があります。宿主植物と微生物の間には相性があります。専門用語でいうと宿主特異性です。

畑栽培の高麗人参にはアーバスキュラー(AV)菌根菌グロマス属であることが分かっています。また、野生種の高麗人参には外生菌根菌のベニハナイグチが共生関係にあると考えられます。

 AV菌根菌や外生菌根菌は、胞子で増殖していくため、水耕栽培に導入することは困難と思われます。

土壌栽培でも高麗人参の促成栽培は可能

水耕栽培の検討と並列して、AV菌根菌を導入して土壌栽培を試行してきました。AV菌根菌として、出光アグリ社製のDrキンコンを施肥した実験についてはご報告した通りです。ご興味のある方はこちらの記事をご参考ください。「VA菌根菌グロマス属で育てた高麗人参1年苗は合格レベル?」

その結果、1年根の生育基準としては、長さ15cm、重量0.6g以上ですが、Drキンコンを施肥したものは、長さ19cm、重量0.9という成果を得て、AV菌根菌が成長促進に非常に有効であることが確認できました。

高麗人参2年目だが5葉3茎の3年相当が多くみられる

高麗人参は通常、2年生は5葉2茎、3年生は5葉3茎、毎年1茎づつ増え6年生は5葉6茎となります。

AV菌根菌で育てた1年苗は2年目には、6割が5葉3茎をつけました。しかも花まで咲きました。これは充分3年生に相当します。1.5倍の成長促進です。


高麗人参3年生なのに5葉6茎の6年相当の人参

3年目に5葉6茎のものもあり、これは6年生に相当します。つまり2倍速です。

土づくりに熱心な会津の熟練農家では、2年目に5葉3茎、3年目に5葉6茎を付けるものは少なからずあり、土づくりの出来具合を知るひとつの目安となっています。


高麗人参5葉6茎4軸のスーパー人参

さらに、良好な圃場では根から立ち上がる軸が複数のものも見られます。多いもので4軸です。葉の面積は光合成能に比例しますので、4軸までいかなくても2軸のものが確実に作れれば、3年で5葉6茎2軸で4倍速の促成栽培になります。


多軸化による促成栽培ついては、神林哲男著「会津人参史」P67に次のような記載があり、かつて試みがされたようです。

    芽かき:早い時期に幼芽が病害虫などの障害を受けると1~数芽の潜芽がこれに替わって発育する。 (略)  この生態を利用して四年生の七月中旬に芽かきをして人為的に多茎根をつくることができる。

残念ながら、実用化されなかったようですが、再度検討する価値はありそうです。再現性の課題はあるにしても、3年で収穫できる大きさに栽培できる可能性があります。

何も高額な設備投資をして水耕栽培あるいは工場栽培をしなくても、土づくりの工夫と多軸化で促成栽培は可能です。そしてその土づくりの再現性を担うのが菌根菌であると確信しています。

水耕栽培では高麗人参の薬効成分は確保できない

  水耕栽培された高麗人参は、いまのところ日本薬局方に合格していないようです。第十六日本薬局方では、ニンジンの成分に関する規定は、ジンセノサイドRg1とRb1の二成分のみですが、これすら満足できていないようです。

トマトや葉物野菜の水耕栽培技術は日進月歩で改良されていますが、その目的とするところは生産効率の向上に主体が置かれ、品質については色・艶・サイズなどの外観と果物のような糖度の追及に目が向けられています。

野菜の場合はそれで良いのかもしれませんが、生薬となる薬用植物の場合は何といっても薬効成分の有無が最優先項目になります。微生物を必須としない植物生理学だけで議論される水耕栽培で、満足すべき薬効成分を確保することが可能になるかどうか極めて懐疑的です。

菌根菌が高麗人参に神秘の薬効成分に与える

 二千年以上も前から不老長寿の霊薬と呼ばれ続けてきた高麗人参、しかし栽培が始まったのはわずか300年前。霊薬と呼ばれているのは野生種であり、栽培種とは全くの別物と言われています。この薬効の違いを科学的に分析した学術論文は見当たりませんが、この薬効の差は共生微生物の差ではないかと考えられます。

高麗人参針葉樹と広葉樹の自然林

畑の土壌微生物に比べ、はるかに多種多様な微生物が棲息している森林、生けとし生ける生き物によって構成された複雑な生態系の中で育まれて生まれる神がかりとも思える奇跡の薬効、これこそが古来から不老長寿の霊薬と云われる所以ではなかろうか。


高麗人参マツ林で育つ高麗人参

数か所の森林に高麗人参の播種を試みていますが、農薬の散布や肥料を投与しなくても丈夫に育っています。これは土壌微生物と共生関係が築けたことにより、病害虫耐性が向上したものと考えられます。


微生物の存在を許さない水耕栽培とは根本的に考え方が異なるように思います。

共生微生物が植物の成分に与える影響については、多くの科学者が関心を持っています。例えば、免疫学者の杣源一郎先生は、免疫細胞マクロファージを元気にする成分LPS(リポポリサッカライド)がリンゴや麦などの植物と共生するグラム陰性菌に分類されるパントエア菌の細胞壁外膜に含まれることを突き止めました。しかも、その成分量は、植物の種類だけでなく、植物の育った土壌環境の影響を強く受けるとしています。

江戸時代第八代将軍徳川吉宗が下賜した御種(オタネニンジンの種)、全国の大名はそれぞれの土地で高麗人参の栽培に取り組みました。栽培を断念する産地が続出する中で、長い歳月に渡って栽培が続けられてきた三大産地(福島会津、長野東信、島根大根島)高麗人参には、それなりに薬効成分の優位性があると考えられます。

共生微生物と植物の薬効成分の因果関係についての報告はまだまだ多くありませんが、産地による成分の違いなどとして今後関心が高まってくるものと思います。

水耕栽培の異様な世界

水耕栽培のハウスに入るとむっとした息苦しさを感じます。温度湿度がコントロールされ、多くのパイプが交錯し、計器類が自慢気に並んでいます。まるで病院の集中治療室にいるように感じます。パイプが破損したり、停電になると恐らく野菜たちは枯れてしまうに違いありません。

元来、植物は太陽の光を葉に浴び光合成をして、自分で栄養を作り出して生きている独立栄養生活者です。そして、地面に根を張りその栄養の一部を多くの微生物に与え、微生物から有益な成分をもらい共生しながら生態系を築いています。

一方、動物は自分で栄養を作り出すことができず、他の生き物の命を食すことで自分の命を維持している従属栄養生活者です。そのため食糧を求めて動き回ることが必要となり、植物の根に当たる部分を体内に取り込みました。これが腸です。

植物にとって根圏微生物が重要であるのと同じように、動物にとって腸内細菌は非常に重要です。腸内細菌は500兆~1000兆個ともいわれています。人体を構成する細胞の数は37兆個ですから実に10倍以上にも上ります。

動物や植物を問わず、自然の生き物にとって、共生微生物の存在は健康体を保つために不可欠です。水耕栽培にはこの共生関係はありません。そんなこんなで水耕栽培は中止し、共生微生物による高麗人参の栽培に注力していきます。