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高麗人参とチョウセンゴヨウと菌根菌の3者共生関係はキンランに学べ

高麗人参これが高麗人参とチョウセンゴヨウと菌根菌の3者共生関係だ

高麗人参とチョウセンゴヨウと菌根菌は、三角関係?

チョウセンゴヨウと菌根菌の共生関係は明らかになりましたが、高麗人参がこの2者にどのような関わりをもっているのか謎でした。

高麗人参がチョウセンゴヨウと直接共生関係にあるのか、あるいは外生菌根菌と共生関係にあるのか、はたまた複雑な三角関係?

その疑問に答えてくれる植物がありました。キンランです。

高麗人参

黄色い可憐な花を咲かせるこの野草蘭は非常に希少で、愛好家には手に入れたくて堪らない植物です。キンランは、外生菌根菌のイボタケと樹木のコナラと3者の共生関係を築いています。


菌従属栄養植物のキンランに学ぶ

樹木と菌根菌の共生関係に加わって、菌根菌からミネラルなどの養分を貰うだけでなく、菌根菌が樹木からもらった光合成炭素源の糖も貰う植物がいます。

このような植物を、菌従属栄養植物といい、東北大学辻田有紀先生らはこれを「究極」の菌根共生パターンと言っています。海外では、不名誉にも「mycorrhizal cheaters( 菌根菌の詐欺師 )」と呼ばれています。(私はこれは誤解だと思っています。)

この菌従属栄養植物のひとつがキンランなのです。

キンランーイボタケーコナラの三者共生

キンラン(金蘭、Cephalanthera falcata)はラン科キンラン属の多年草で、地生ランの一種。絶滅危惧種に掲載されている非常に希少な草本です。しかし、希少になればなるほど欲しくなるのが人の常。山で見つけて持ち帰っても、根付かせることはできず枯らしてしまうのが関の山です。栽培が非常に難しい植物です。

何故、栽培が難しいのか?

それは、キンランが菌従属栄養植物だからです。草本のキンランと外生菌根菌のイボタケと樹木のコナラの3者共生関係で、生きているからです。山からキンランだけを持ち帰っても、キンランは生きていくことはできません。

北海道大学の谷亀高広先生らは、キンランの根にイボタケの菌糸が感染していることを同定。そこで、菌根菌イボタケを接種したコナラと無菌培養したキンランの苗を同じ鉢の中で育て、一方対照区として菌根菌を接種していないコナラと無菌培養したキンラン苗を同じ鉢で育て、生育状況の比較実験をしました。

高麗人参[出典:下記参考資料1)谷亀高広、キンラン3者共生培養]

30か月後、対照区のキンランがすべて枯れてしまったのに対して、菌根菌の接種区では7割が生存していました。この実験からキンランがコナラの栄養を菌根菌を通して得ていることが確認されました。


菌従属栄養植物の種類と進化

菌従属栄養植物についてもう少し見ていきましょう。

菌従属栄養植物の栄養とは光合成でつくられる炭素をさし、エネルギー源となる糖のことです。すべての炭素を自分で光合成をしている植物を独立栄養植物といい、自分でも光合成をするが一部を菌根菌から炭素を賄っているものを部分的菌従属栄養植物、そして完全に自分で光合成をすることはせず100%の炭素を菌根菌からもらっているものを菌従属栄養植物と言います。

そして、栄養の仲立ちをしてくれる菌の種類によって3つに分類されます。

もっとも古くから多くの植物と共生してきたアーバスキュラー菌根菌から炭素をもらうもの外生菌根菌から炭素をもらうもの腐生菌から炭素をもらうものです。

それぞれの菌根菌は、宿主植物の光合成で得た炭素を融通しますので、アーバスキュラー菌根菌ではおもに草本の炭素を、外生菌根菌では樹木の炭素、腐生菌では木材や落葉などの植物の死骸が分解された炭素を提供してくれます。

進化の方向は、光合成をしない方向に向かっているようです、また、菌根菌は、アーバスキュラー菌根菌から外生菌根菌へ、さらに腐生菌へ進化しています。つまり、草本から樹木の炭素源へ、そして死骸の炭素源を得る方向に進んでいるそうです。

キンランは葉を持っていますので、自分でも光合成をする部分的菌従属栄養植物です。そしてその菌根菌は外生菌根菌イボタケで、コナラの炭素を糧にしているということです。

福島市郊外に植物の楽園あり

キンランより共生率の高いギンランが福島市郊外の農家さんの裏山に生えていました。ちなみにその農家の主は私の師匠です。キンランの菌根菌への炭素依存率は40%程度に対し、ギンランは60%程で、栽培の難しい野草です。

高麗人参[左:ギンラン、右:ナラ苗の群生]

昨年(2016)はナラの樹に大量のドングリがなりました。熊が大繁殖し人里に降りてきた原因のひとつです。ナラの苗が一面に芽吹いていたのもギンランにとっては幸いしたのでしょう。

さらにマムシグサ、シラネアオイ、行者ニンニク、クマガイソウなど多くの野草が生えています。植物の楽園です。

しかし、師匠曰く、向かいの山にキンランがあるがこちらに持ってきても根付かなかった。複雑な共生関係があるのじゃろうな、と。


高麗人参とベニハナイグチとチョウセンゴヨウの3者共生関係

キンランーイボタケーコナラの3者共生関係を見てきましたが、高麗人参ーベニハナイグチーチョウセンゴヨウの3者もこれと同じ共生関係と思われます。ベニハナイグチは、チョウセンゴヨウの外生菌根菌です。マツ科マツ属ストローブ亜属と共生します。ストローブ亜属には吾妻五葉松もあります。

外生菌根菌の菌従属栄養植物は、主にツツジ科とラン科植物で確認されていますが、ウコギ科の高麗人参については今のところ研究論文等は見当たりません。しかし、今まで見てきたことから表題図の関係で間違いないと確信しています。

写真は、チョウセンゴヨウと吾妻五葉松の根元で育つ高麗人参です。今のところ順調に育っています。ただ肥料分を抑えていますので成長は極めて遅くなっています。
高麗人参[マツと共生する高麗人参 左:チョウセンゴヨウ、右:吾妻五葉松]

野生種の高麗人参の炭素源は自前とチョウセンゴヨウから

野生種の高麗人参は、成長するための炭素源を自ら光合成したものとチョウセンゴヨウが光合成をしたものを使用することになります。一方畑栽培の高麗人参は、自分で光合成をした炭素源のみです。

この2つの炭素源には、何らかの違いがあるのではないかと思っています。それが野生種の高麗人参(山参)と栽培の高麗人参に圧倒的な薬効の差を生むのではないかと考えられます。

加えて菌根菌の違い、すなわち、山参が外生菌根菌、栽培の高麗人参がアーバスキュラー菌根菌が土壌から吸い上げ高麗人参に供給するミネラルに大きな違いがあると思われるので、この違いが薬効に大きな影響を与えるのは言うまでもありません。

高麗人参は陰性植物、強い光で無理やり光合成させないで

高麗人参を強めの光で栽培して成長を早めようと試みたことがあります。しかし、高麗人参は基本的に陰性植物なので強い光を好みません。一方マツは陽性植物で強い光が大好きで高い光合成能を持っています。

この二つの植物が共生するのは理に適っています。陰性植物を強めの光で促成栽培しようとした自分が愚かに思います。しかも、進化の方向としては光合成をしない方向ですので、高麗人参にとっては酷な実験でした。暗いのが好きなのです。暗くてもチョウセンゴヨウが炭素源のエネルギーを融通してくれます。

そう意味では、チョウセンゴヨウの針葉樹だけの林では、夏場の強い光を遮るにはやや葉が少ないようです。そこで太陽を遮断してくれる広葉樹もあったほうがいいと思われます。また、土壌の酸性度の点からも針葉樹のみより広葉樹も混ざっていた方が良いと言えます。もちろん広葉樹は外生菌根菌と共生する樹種となります。

こう考えると、昔から「野生種の高麗人参は、チョウセンゴヨウに広葉樹が混ざった森に自生している」と言われてきたことが、菌根菌、照度、土壌酸性度の点から説明が付きます。              

外生菌根菌の素晴らしい能力

菌根菌は土壌からミネラルを吸い上げ宿主植物に提供し、代わりに宿主植物から炭素源をもらうと思われてきました。しかし、菌根菌は単に炭素をもらうだけでなく与えることもします。すなわち炭素の出し入れを行うことができるということは驚きです。

外生菌根菌の菌糸の長さは数百メートルに及びます。森の樹木や草本などすべての植物を菌糸のネットワークでつなぎ、炭素源すなわち糖エネルギーの需要と供給のコントロールをしているということです。人間が最近になって得意げにつくったスマートグリッドそのものではないでしょうか。
人間はもっともっと自然に学ばなければいけないですね。

最後に、師匠の山の一角に吾妻五葉松の林があり、そこに高麗人参の種を播いています。ちゃんと共生してくれることを祈るばかりです。また報告します根!

    参考資料
    1)谷亀高広(北海道大学北方生物圏フィールド科学センター植物園)、「菌従属栄養植物の菌根共生系の多様性」、植物科学最前線  5:110(2014)
    2)辻田有紀(東北大)、横山潤(山形大)他、「菌従属栄養植物の進化に伴う菌根菌相のシフトー進化の道のりでおこった菌根共生のダイナミックな変化ー」、植物科学最前線 5:130(2014)