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ソルガムのない江戸時代はエゴマの菌根菌で高麗人参の土づくり

高麗人参[エゴマ(荏胡麻):江戸時代には高麗人参栽培の土づくりに使われていた]
高麗人参の土づくり、むかしはどうしていたのでしょうか?

調べてみました。

なんとも驚きです、感激です!
むかしのお百姓さんはえらい!素晴らしい!
共生菌のことを知っていたのではないかと思います。

高麗人参の栽培のポイントは何といっても土づくりです。それにはまず高麗人参の共生菌であるアーバスキュラー菌根菌が棲みやすい環境をつくることが必要です。

日本最古の高麗人参の栽培手引き書「朝鮮人参耕作記」には、共生菌という言葉こそありませんが、共生菌を増やす土づくりが、すでに記されていました。

江戸時代の高麗人参栽培の土づくり

徳川幕府八代将軍吉宗(1684~1751)の命を受け、田村藍水(元雄、1718~1776)は高麗人参の栽培に取り組みます。そして栽培方法を確立し、1747年に「人参譜」としてまとめ出版します。しかし、1760年に印刷用板木が焼失してしまいます。

そこで弟子の福山舜調らと共に、1764年に改訂版として「朝鮮人参耕作記」を発行します。

高麗人参[田村藍水著「朝鮮人参耕作記」]

農民がより理解しやすいように、分かりやすい言葉で、カナも使い、図なども加え、秘伝のようなことも隠さず記し、実際に栽培に従事する農民が使える実用書に仕上げました。


「朝鮮人参耕作記」に記された高麗人参栽培の土つくり

高麗人参[「朝鮮人参耕作記」に記された高麗人参栽培の土つくりの頁]

5,6月の間は土つくりが第一である。7月のうちにエゴマの茎葉を土中に切り込んで入れ、高く積み上げて腐らせ、8,9月になったら天日で乾かして細かくふるい、畑の中へ盛り入れ、そこへ種子を播くのが良い。

あるいは、下肥をエゴマの茎葉の上から掛けて切り混ぜ、小屋の内へ高く積んでおいて、3年目に取り出し、よくふるって畑の内へ盛り入れるのもまたよい。

油粕や干しイワシ・馬ふん、わら灰の類は絶対に入れてはいけない。(多肥は病害虫病の原因になると別章で述べている)

なお、現代語訳はルーラル電子図書館の「日本農書全集 第45巻 朝鮮人参耕作記」を参考にしました。


田村藍水は高麗人参の栽培のキー作物にエゴマを選んだ

田村藍水は江戸神田に生まれ、医者であった父に医学を学んだエリートです。朝鮮人参のことは医師・本草学者として知っていたのは当然ですが、こと農業についてはまったくの素人です。栽培法の研究については、日光神領今市宿の篤農家の大出伝左衛門が大きな力になりました。

なぜ、エゴマを土づくりに用いたのか知りたいところです。日光市七里に朝鮮人参栽培に関する古文書が市指定文化財として保存されているようですが、今回は外回りから攻めてみます。

エゴマを播くと地力が高まり畑が荒れない

新潟大学菅原先生の研究報告を見つけました。同県東浦原鹿瀬町実川地区に大正末期まで残っていた焼畑農法について、古老数名から聞き取り調査をされたものです。

古老が言うには「エゴマを播くと地力が高まり畑が荒れない」。また、焼畑後ソバやアワを数年連作すると、収量が減少し雑草が増えてくるが、そのような時は、エゴマを播くと、収量が回復し雑草の生えるのも抑制できると代々言い伝えられてきたとのことです。

新潟県実川地区は福島県会津に隣接し、1589年ころ会津藩芦名家の家来が移住した集落とも言われています。日光は会津藩の南に隣接し、実川地区とも直線距離で100kmほどの位置です。日光の篤農家大出伝左衛門がエゴマを使った農法を、知っていても不思議ではありません。

現代生物学が証明した高麗人参の土づくりに欠かせないエゴマパワー

「朝鮮人参耕作記」は、高麗人参の土づくりにエゴマの重要性を訴えています。エゴマについての現代の生物学の研究論文から、それを裏付けるものを見つけましたのでご紹介します。

エゴマの茎葉には雑草抑制作用と土壌病原菌を殺す作用がある

近畿大学の駒井先生らは、エゴマの他感作用に関与する物質の調査をしました。他感作用とは、植物が放出する化学物質(アレロパシー物質)が他の植物に阻害的あるいは促進的に影響する現象を言います。

エゴマに含まれるアレロパシー物質はぺリラケトンという成分で、種子の発芽抑制や成長抑制作用があることがレタスとメヒシバを用いた実験で確認されました。

またぺリラケトンは、茎葉部分に多く含まれ、根部には含まれなかったことも報告されています。大出伝左衛門は、そのことを知っていたということになります。恐るべしです。

さらにぺリラケトンには雑草を防ぐほか、クラドスポリウム、ヘルミントスポリウム、コリネバクテリウム、エスケリキア、バルシスなどの土壌病原菌にも強い抑制作用があることも報告されています。病原菌に弱い高麗人参には欠かせない作用です。

エゴマは高麗人参の土づくりに必要なアーバスキュラー菌根菌を増やす

九州沖縄農業研究センターの安達先生らは、黒ボク土におけるソルガム、マリーゴールド、エゴマ栽培が土壌中のアーバスキュラー菌根菌胞子数に及ぼす影響を調査しました。

その結果、乾土10g当たりの菌根菌胞子数は、ソルガム栽培では40、マリーゴールド栽培では10~30、エゴマ栽培では20~30となり、休閑した対照区の6~12に対していずれも増加したとしています。

アーバスキュラー菌根菌の種類は記されていないのが残念ですが、エゴマが高麗人参の土づくりに欠かせない菌根菌の増殖に貢献していることは明らかです。

ソルガムは熱帯アフリカ原産の植物で、日本には15世紀室町時代に中国を経由して伝来し、モロコシと呼ばれましたが本格的な栽培に入るのは明治に入ってから。マリーゴールドはメキシコ原産で江戸時代1850年ころ渡来しました。

一方、エゴマは縄文時代早期に食物として確認されている古くから日本に自生している植物で、上述の通り焼き畑農法でも実績があります。

田村藍水が高麗人参の栽培に、緑肥を導入したこと、そしてその作物にエゴマを選択したことは当時としては最善の選択であったと考えられます。

福島県南会津では、エゴマの味噌(じゅうねん味噌)をうるち米を半つきにした餅につけてあぶった「しんごろう」と呼ばれる伝統食が、現在でも作られています。エゴマはこの地には無くてはならない作物であったことが窺われます。ちなみに、じゅうねんはエゴマのことで、食べれば十年長生きできる意味。

昔からの言い伝えは大切な知的財産

新潟県実川地区の古老が伝承してきた「エゴマを播くと地力が高まり畑が荒れない」を生物学的に言うと「地力を高める=共生菌根菌を増やす」、「畑が荒れない=アレロパシー作用によって病原菌と雑草の増殖を抑制する」ということになります。

長い間の経験の中で積み重ねてきたものには、メカニズムは分からないけれども、確固とした因果関係が認められることに感心します。現在科学はプロセスやメカニズムを明らかにするだけでなく、その先へ行きたいものです。温故知新です。

畑にまばらに生えているエゴマ(シソ)を見かけますが、なぜまとめて植えないのかと思っていましたが、このような理由があったのですね。そんな目で田舎の畑を散策するのも勉強になります。お百姓さんはえらい!

家庭菜園をやっておられる方は、作物の間にエゴマの種を播いてみてはいかがでしょうか。アルファーリノレン酸を多く含みますので健康食品としても楽しめます。

    参考資料:
    ・新潟大学農作業研究 第40号:33-39(1980)
     「焼き畑農法における作付体型とその成立要因に関する研究」菅原清康他
    ・九州沖縄農業研究センター報告 題49号(2008)
     「南九州地域の黒ボク土充填小型枠におけるソルガム、マリーゴールド、エゴマ栽培がアーバスキュラー菌根菌胞子数に及ぼす影響」 安達克樹他
    ・近畿大学農学部紀要 第22号:23~29(1989)
     「エゴマの他感作用について」駒井功一郎他