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高麗人参と朝鮮松が仲良しという中国三千年の民話はホントだ

高麗人参野生の高麗人参が好むマツと広葉樹の混合林
野生児の‘おたねくん’はマツが大好き?

高麗人参がマツと長白山に引っ越してくる前からずっと中国で語り継がれてきた民話、そこには高麗人参と朝鮮松との仲の良さが記されています。

これらの民話を信じて、アカマツ、クロマツ、吾妻五葉松、朝鮮松との共生栽培実験を開始しました。

仲の良さを植物学的には共生といい、マツには外生菌根菌が共生しています。高麗人参は外生菌根菌を通じてマツとの共生関係を築いているのではないかというのが私の仮説です。

これを確かめたくてマツの外生菌根菌について調べていくうちに、とんでもないお方とお話しする機会をいただきました。思いは通ずるものですね。セレンディピティです。

菌根菌の第一人者である小川眞先生との出会い

マツの外生菌根菌についてネットで調べていると松枯れ防止ネットワークという組織に辿り着きました。

松枯れ防止ネットワークの代表は宗實久義氏。なんと偶然にも同郷。ということもあり、マツ以外のこともいろいろと教えていただきました。また、菌根菌に関わる多くの方をご紹介いただきました。

そしてついに菌根菌の第一人者である小川先生とお話をする機会に恵まれました。かねてより先生の著書で菌根菌について学んでいましたので感激です。

高麗人参小川眞先生ご講演「炭と菌根でよみがえる松」

時は2016年5月、5年前の東日本大震災で失われた海岸の松林を再生するシンポジウムが名取市で行われました。

その中で小川先生は「炭と菌根でよみがえる松」と題した講演をされました。

主催者のゆりりん愛護会代表の大橋信彦氏のご厚意で、小川先生とお話しする時間をとっていただきました。


    小川眞先生の略歴
    1938年京都生まれ。京都大学農学部卒。農学博士。森林総合研究所土壌微生物研究室長、環境総合テクノス生物環境研究所長などを歴任、現在は大阪工業大学環境工学科客員教授、また「白砂青松再生の会」会長として、炭と菌根による松林再生ノウハウを伝授するため、全国を行脚。
    森のノーベル賞とも言われるユフロ(国際林業研究機関連合)学術賞を日本人初の受賞、日本菌学会教育文化賞、愛・地球賞(愛知万博)などを受賞。
    「作物と土をつなぐ共生微生物」、「森とカビ・キノコ」、「キノコの教え」など著書多数。
高麗人参クロマツの苗:左は施肥あり菌根菌なし、右は肥料なし菌根菌あり

皆さん、写真はシンポジウムで展示されたクロマツの苗です。どちらが元気な松だと思いますか。

左は肥料を与えられたが菌根菌のショウロを接種していないクロマツ、右は肥料は与えられていませんが菌根菌ショウロと共生しているクロマツです。

一見すると左が緑も濃く背丈もあり元気に見えますが、このままだと10年後に早死にするそうです。

十分な食事で丸々と太った成人病の人間の寿命が短いのとまったく同じです。粗食で豊富な腸内細菌が長寿の秘訣です。人間も植物も同じですね。


話はそれましたが、以下は先生とお話しさせていただいた内容です。

高麗人参は外生菌根菌を通じてマツと共生関係にある?

先生に確認したかったことは、高麗人参とマツは共生関係にあるかどうかです。そして、共生菌の違いは有効成分に影響するかどうかです。

結論から言うと、高麗人参と松との共生関係が確認されたことはない。高麗人参と同じウコギ科の植物に外生菌根菌が感染した例はないとのことでした。

また、菌根菌の違いが有効成分に影響するかどうかは不明とのことでした。

栽培の高麗人参の菌根菌はAV菌グロムス属

小川先生は、25年ほど前に薬用植物の菌根菌を調査されたことがあります。その中に高麗人参も含まれており、観察結果は、アーバスキュラー菌根菌グロマス属モッセ(Glomus mosseae)とのことでした。

観察に用いた試験体の採取場所は、つくば植物園の園内で栽培されていたものだとのことで野生種の高麗人参ではないようです。

栽培の高麗人参の菌根菌の文献は、これで3件目となります。小川先生の文献が最も古く最初の物ですが、いずれもアーバスキュラー菌根菌グロマス属で一致しています。しかし、野生種の高麗人参の菌根菌を分析したものはまだ見たことがありません。

詳細は参考資料をご参照ください。筆頭著者の上田さんは大阪ガス株式会社で、すでに菌根菌の研究から異動されているとのことです。詳細をお聞きしたかったのですが今はまったく別の業務だそうです。民間企業の研究者が、同じ分野を深く極めるのはなかなか難しいことだと改めて認識しました。

野生の高麗人参はマツと広葉樹の混合林に自生している

小川先生は韓国の依頼で、高麗人参の自生地の見学をされたことがあるとのことでした。その時は自生の高麗人参は見つからなかったそうですが、そこはマツと広葉樹の混合林だったとのことです。

マツの単純林よりも、コナラやクリなどの広葉樹が混じった混合林の方が、きのこも外生菌根菌も多くなる。そして外生菌根菌は、菌根から出る抗生物質によって、土中の細菌やかびを消毒しながら生長するので、菌それ自体は弱いが、いったんできたシロはかなり強いそうです。

マツの強力なシロの中だと病原菌がいないため、病気に弱い高麗人参が100年生きることは可能かもしれないとのことです。しかし、肥料分がないので大きくはならないだろうと。

実際、100年ものの山参は、先生の推測通り意外なほど小さく華奢です。これがマツと高麗人参の関係の答えのような気がしてきました。

山参は外生菌根菌がつなぐ巨大な森林ネットワークに守られて育つ

小川先生の著書によると、アーバスキュラー菌根菌の菌糸の伸びる距離はせいぜい10センチ程度、これに対して外生菌根菌の菌糸はメートル単位で広がります。

また、菌糸の密度も高く、樹木の根より接触する土壌の量は極めて多くなります。しかも単なる菌糸だけでなく束になった菌糸束をつくり養水分の機能的な輸送をします。

この菌糸体は単一樹木だけでなく他の樹木と、さらに森全体の樹木とネットワークでつなぎます。まるで電気を融通しあうスマートシティのように余った養水分と足りない養水分を樹木間で調整していることが明らかにされつつあります。

その結果、その森に生息する植物の病原菌耐性や環境耐性が高くなると考えられています。

すなわち、野生の高麗人参は、ある単一つの菌根菌と共生するのではなく、マツを中心とした広葉樹の外生菌根菌ネットワークに守られて成長すると考えるのが良さそうです。

よって民話はホントのようです。やはり長年のあいだ伝承されている民話には真理が隠されています。

    参考資料
    ・Tetsuya Ueda, Makoto Ogawa et al (1992) “Vesicular-arbuscular mycorrhizal fungi (Glomales) in Japan Ⅰ. Isolation and identification of vesicular-arbuscular mycorrhizal fungi from acidic loan of volcanic ash in Tsukuba area”, Trans. Mycol. Soc. Japan 33: 63-76, 1992
    ・Tetsuya Ueda et al(1992)”Vesicular-arbuscular mycorrhizal fungi (Glomales) in Japan Ⅱ. A field survey of vesicular-arbuscular mycorrhizal association with medical plants in Japan “, Trans. Mycol. Soc. Japan 33: 77-86, 1992