文字サイズ

  • 標準
  • 拡大

高麗人参の薬効はここまで凄い!語り継がれてきた朝鮮の昔ばなし

高麗人参[徐斗里著「朝鮮の昔ばなし」表紙]

前回の11月25日に続き、高麗人参の薬効を伝える民話を紹介したいと思います。

霊薬と呼ばれる高麗人参はやっぱりすごい!

高麗人参は、古来より不老長寿の霊薬と呼ばれていますが、その究極の薬効を伝える韓国の昔ばなしがあります。

韓国の昔ばなし「朝鮮人参の話」

1991年出版された徐斗里著「朝鮮の昔ばなし」に収録されている話です。 
朝鮮人参はもちろん高麗人参のことです。

昔ばなしには教訓的なメッセージが込められていて、人によってはどことなく読後の爽やかさを感じないかもしれませんが、高麗人参の薬効の凄さを伝える逸話です。

    昔むかし、ある村に若夫婦が住んでいました。この若夫婦は大変親孝行で、村人はもとより隣村でも知らない人はいませんでした。

    ある時アボジ(お父さん)が病気になってしまいました。若夫婦はあらゆる手をつくしましたが良くなりません。そこで一日も早く治るよう神さまに祈りました。

    「アボジの病気を治して下さい。病気が治るなら、私は死んでもかまいません」

    若夫婦は一日も欠かさず明け方起きて祈りました。

    ある日、夫が神さまに一生懸命祈った後、部屋へ入ろうとしたとき木魚の音が聞こえました。見るとお坊さんが托鉢姿で、門の前にたっていました。
    若夫婦の暮らし向きは楽ではありませんでしたが、夫は米一升をお坊さんにわけてあげました。

    お坊さんは大変喜びながらも夫に

    「あなたの顔を見ると何か心配ごとがあるのでは・・・」

    と聞きました。夫は

    「お話ししても仕方のないことです」
    と言って家の中へ入ろうとしました。

    「ちょっと」
    とお坊さんは夫を呼び止めました。

    「何のことかわからないが、もし助けられることがあるかも知れないよ。話してごらん」
    夫はお坊さんの言う通りだと思い、話をしました。

    「ホー、それは心配だなあ」
    「お坊さん、何かいい方法はありませんか?」

    「方法?そうだなあー、あることはあるが・・・」
    「ありますか?」

    夫はお坊さんの衣をつかんで頼みました。お坊さんは、
    「若い人にはむりだろうな。出来ないだろうな」
    と言って帰ろうとしました。

    「ちょっと待って下さい」
    今度は夫がお坊さんを呼び止めました。
    「聞くだけ聞いて、そのまま行ってしまうのですか?」

    「わしの知っている薬は山や海で取れるものではないのだ」
    お坊さんは厳しい顔で言いました。夫はさらに
    「どこのあるのですか?」
    と聞きました。

    「求めるのは簡単だが、少しばかりのまごころでは駄目だよ」
    お坊さんはここまで言って、また帰ろうとしました。夫はお坊さんをこのまま帰してはいけないと思い、必死に頼みました。

    お坊さんは仕方なく、

    「お前の息子を煮て食べさせれば良い」

    と言うと、後ろも振り向かずに行ってしまいました。これを聞いて夫は気がおかしくなるかと思いました。
    「ああ、一人しかいないわが子をどうして?」

    夫は妻に話してみました。
    「病が治るのなら・・・アボジは死んだらもう生き返りません。でも子供はまた産むこともできます」

    夫は妻のこの言葉を聞いて感激し、そして決心しました。夕方、息子が寺子屋から本を小わきにかかえ、飛んで帰って来ました。若夫婦は息子を殺さなければならないことを思うと胸が痛みましたが、どうすることも出来ません。

    「なあー、いまハラボジ(おじいさん)がお休みだから台所で食事をしなさい」
    何も知らない息子は台所でアボジの薬になりました。

    夜もふけ、夫は薬の入ったドンブリを持ってアボジの部屋へ行きました。アボジは今にも死にそうな容体で、力なく薬を飲みました。
    「ウム、これは何の薬じゃ?うまいなあー、もう一杯くれ」
    アボジは薬を何杯も飲むと、ぐっすり眠りました。

    次の朝になると、昨日とは打って変わってアボジの病はうそみたいに治ってしまいました。若夫婦は喜びながらも一方では悲しくてたまりません。

    ところが、その日の夕方のことです。
    「オモニ(お母さん)ただいま戻りました」

    と息子が飛んで帰って来ました。
    「何?」

    「オモニ、きのう先生が『遅くなったから泊まっていきなさい』と言ったので泊まりました。心配したでしょう?」
    間違いなくわが子でした。

    若夫婦は面食らってしまいました。「あれはきっと化け物に違いない」このように思ったオモニは急にそら恐ろしくなりました。

    「ここはお前の家じゃないよ。自分の家へお帰り」
    「オモニ、それ何のことですか」
    息子は目を丸くして聞きました。

    「家にはお前のような子はいないよ・・・」
    「オモニ!本気ですか?それなら寺子屋の先生に聞いて下さい」

    若夫婦は先生に会って聞きました。

    「ゆうべ、この子は先生のところで寝たんですか?」
    すると先生は
    「はい、そうです」
    と答えました。いったいこれはどうしたことかーーー若夫婦は首をかしげながら家へ戻りました。

    その晩の夢にこの前のお坊さんが現れました。

    「お坊さんのおかげでアボジの病気が治りました」

    「それはわたしの力じゃない。お前たちが立派な親孝行をしたからじゃよ。天は親孝行が本物かどうか、ためされたのだ。その結果として千年間にわたって成育した朝鮮人参をくださったのじゃ。うそかどうか、その薬の残りを埋めたところへ行ってみなさい」

    夫は夢から覚めて、わが子の骨を埋めてあるところへ行って土を掘ってみました。そこに果たして朝鮮人参の残りが埋められているだけでした。

    <出典>
    朝鮮の昔ばなし 「朝鮮人参の話」52頁
    徐斗里(ソドウリ)著 筑波書林発行、1991年出版

不治の病も一日で治してしまう高麗人参の薬効

この話で高麗人参の薬効の凄さが良く分かります。いまにも死にそうな容体から翌朝には治してしまうチカラを高麗人参は持っている。

親と子のどちらを選択するかという究極の判断を迫られ、アボジとオモニはさぞ辛かったことと思います。

そのころの朝鮮半島では儒教の教えが強かったと思われますので、親孝行や年配者を敬うということが常識だった時代背景であったと思います。アボジとオモニの判断は、苦渋ではあったけど正しい判断だったのでしょう。

日本人の私たちには理解しがたいと言いたいところですが、江戸時代の日本には、高麗人参を買うために娘を売った親もいたとの話があったり、「人参飲んで首くくる」「孝行は薬の鍋へ身を投げる」など川柳が流行ったりしています。

どうも、国による考え方というより時代背景によるところが大きいようです。

最近は医学の進歩で、親から子への臓器移植だけでなく、子から親への移植も行われたりして、論議がおきています。さらには、自分への臓器移植のために子供を産むなんてこともあったりして、昔ばなしが現実になりそうです。

今後議論が必要でしょうが、このような議論をも一蹴してしまう高麗人参の薬効に頼るのはいかがでしょう。不治の病を一日で治してしまう高麗人参の薬効を信じましょう。

究極の高麗人参栽培に向けて

昔ばなしの教訓部分はさておき、この話から高麗人参の薬効の凄さがよくわかります。このような薬効を皆さんに感じていただけるような高麗人参を提供できるよう精進して参ります。応援お願いします。