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最新の分析・単離精製技術で明らかになった高麗人参の蕾の驚くべき成分

高麗人参[高麗人参の蕾]
高麗人参といえば、どうしても主根に注目が集まります。

高麗人参の妖精(ゆるキャラ)の「おたねくん」も根部のみです。葉や果実などはありません。

中国最古の薬学書『神農本草経』に記載されているのも、高麗人参の根についての薬効です。根以外の部分についての記述はありません。

人気のない根以外の部分ですが、少~しずつ、少~しずつ目が向けられるようになってきています。

中国では18世紀半ば、趙學敏の『本草綱目拾遺』に高麗人参の葉についての記述が出てきます。

日本でもほぼ同じ頃、江戸時代の『庶物類纂』に、葉や漿果や花についての記述があります。

どちらも、高麗人参に対する需要が高まり、根の入手が困難になった時期に当たります。根に優れた薬効があるのだから、それ以外の部分にも多少なりとも薬効があるに違いない、という推定信念により使われ始めたと考えられます。

ただ、『庶物類纂』では、「人参(根)に代用し婦人産後の諸病及び崩勞滞下或は男子の痔疾下血腸風等の證を治す甚だ効功あり。」と記されている程度で、その内容は非常に乏しく、しかも薬効に関する評価は、根に比べ非常に低いものとなっています。

ところが、最近になって、分析技術の飛躍的進歩で、根以外の部分にも非常に優れた薬効成分が含まれていることが、次々と明らかになってきました。

今回は、蕾(つぼみ、flower buds)について、最新研究の一部を紹介します。

高麗人参[三椏五葉の中心に付いた蕾]

高麗人参の蕾は、3年以降に付きます。4月中旬に芽吹いた三椏五葉(みつまたごよう)の中心部から出た茎に、緑色の1mmほどの小さな蕾の集合体が付きます。


高麗人参[白い小さな可憐な花]

5月になれば、それぞれの小さな蕾が開き、真っ白な小さな花が咲きます。


高麗人参[摘み取られた蕾]

種を採取する株以外の蕾は、すべて摘み取られます。これは果実に養分が取られるのを防ぐためで、もし蕾を摘み取らないと、根の成長が1年分遅れると言われています。そう考えると、蕾や果実に対する期待が高まります。


高麗人参の蕾は薬効成分は根の5倍

高麗人参の根には、多くの薬効成分が含まれていますが、代表的なものがジンセノサイドです。根以外も含め高麗人参からは、今までに100種類以上発見されています。

ジンセノサイドの総量でいえば、蕾はじつに根の約5倍も含有(率)していることが分かっています。その中でも、根に比べ桁違いに多い成分は、ジンセノサイドReとRdです。

昨今、高齢化と共に急増している病気にパーキンソン病がありますが、ジンセノサイドRdとReが、この病気の進行を抑える効果があることが発見されました。

中国とオーストリアと米国による共同研究で、2016年に発表されました。近年、欧米も東洋の高麗人参の薬理作用に注目しています。

ジンセノサイドRdとReはパーキンソン病に効く

パーキンソン病は、多くは60歳前後の初老期に発症します。原因は、脳の神経伝達物質であるドーパミンの減少です。ドーパミンは、脳の黒質という部分で作られ、細長い神経細胞間の指令情報を伝達します。その結果、私たちは正しく体を動かすことができるのです。

しかし、加齢とともにドーパミンが減少し、神経細胞が徐々に喪失していきます。パーキンソン病は、老化と共にゆっくりと症状が重くなる進行性の障害です。

研究では、ジンセノサイドRdとReが、神経細胞の喪失を防ぐ作用があることを、マウスを用いた実験で証明しました。

写真Aは、培養された健康な神経細胞です。細胞間がシナプスで繋がって、ネットワークが作られていることがわかります。写真Bは、神経毒素と云われる四塩化炭素に暴露したもので、神経細胞が喪失し、ネットワークがありません。

RdRe[ドーパミン作動性中脳ニューロン A:正常、B:神経毒素に暴露、C:Rd添加、D:Re添加、※参考文献2より引用]

写真CとDは、それぞれジンセノサイドRdおよびReを添加して培養した神経細胞を、神経毒素に曝したものです。写真Bと比較すると、神経毒素による神経細胞の喪失がかなり抑制され、ネットワークが維持されていることがよく分ります。

ジンセノサイドRdとReには、抗酸化作用と抗炎症作用があることが、すでに確認されていますので、これらの作用によって、神経細胞が保護されたと考えられています。

パーキンソン病はアルツハイマー病に並び、高齢化とともに増加していくことが予測されています。高麗人参の蕾が、サプリなどの商品として普及することが待たれます。それまでは、根にも少ないながらRdもReも含まれていますので、摂取量を増やすことも有効でしょう。

高麗人参の蕾に含まれる根にはない新規な成分

分析技術の向上に加えて、単離精製技術の進歩が、今まで検出できなかった新たな成分の発見につながっています。最近発表されているものには、F3、F5、Ka、Ta、Rk3、Rs4などのいくつかの新規およびマイナーなジンセノサイドがあります。これらには、胃防護効果、ラジカル消去、抗腫瘍などの機能があることが確認されています。

その中から、ジンセノサイドF5とF3について紹介しましょう。中国の研究者によるものです。

ジンセノサイドF5の腫瘍増殖抑制作用

ジンセノサイドF5は、アポトーシス経路によってHL60の成長を防ぐ、ということが確認されました。

アポトーシスとは、生物の細胞死を制御する調節プロセスのことで、癌化した細胞や異常な細胞を取り除き、腫瘍に成長することを未然に防ぎます。一方HL-60とは、Human promyelocytic leukemia cells、ヒト白血病細胞のことです。

すなわち、ジンセノサイドF5は、ヒト白血病細胞の増殖を抑制する働きがあるということです。

ジンセノサイドF3の免疫増強活性

ジンセノシド-F3は、1型サイトカインおよび2型サイトカインの産生および遺伝子発現を調節することによって、免疫増強活性を有することが、マウス脾臓細胞を用いた実験によって確認されました。

サイトカインとは、免疫システムの細胞から分泌されるタンパク質のことで、すでに数百種類が発見され、今も新たな成分の発見が続いています。1型サイトカインは、インターロイキンに代表される種類で、免疫系の調節に機能します。2型サイトカインは、インターフェロンに代表されるもので、ウイルス増殖阻止や細胞増殖抑制の機能を持ちます。

知れば知るほど神秘が深まる高麗人参の薬効

このように非常に有効な成分を含む蕾が、根ほど利用されなかったのは何故でしょうか。2つ考えられます。

ひとつは、かつて高麗人参は野生のものしかなく、蕾を付ける時期に発見する機会が少なかったこと、たとえ発見しても、根を掘ってしまうために、翌年蕾を収穫することはなかったというのも原因ではないかと思います。

もうひとつは、蕾が効果的に効く病がなかったのではないか。昔と今では病気の種類が、大きく変化していることも一因ではないでしょうか。

近年は、ストレス社会、贅沢な食生活、運動不足からくる生活習慣病と云われる自覚症状のない病気が蔓延しています。この病気は、いずれ重篤な三大疾病(ガン、心不全、脳卒中)を引き起こします。日本では、死因の半数を占めています。

時代や社会の変化による疾病の変化は、治療薬や予防薬の成分にも変化を求めます。このことも、根以外の部分に含まれる成分が、注目されるようになった一因と考えられます。

科学や医学が進み、有効成分が明らかになればなるほど、高麗人参の神秘に満ちた薬効が、より一層神秘に満ちてくるように思います。

そして、やがて「おたねくん」にも葉が生え、蕾が付き、真っ赤な果実が稔ることでしょう。

    参考文献
    1) Sha-Sha Li , et al, A Strategy for Simultaneous Isolation of Less Polar Ginsenosides, Including a Pair of New 20-Methoxyl Isomers, from Flower Buds of Panax ginseng, Molecules 2017, 22(3), 442
    2) Zhang X, et al. Ginsenoside Rd and ginsenoside Re offer neuroprotection in a novel model of Parkinson’s disease. Am J Neurodegener Dis. 2016 Mar 1;5(1):52-61. eCollection 2016.
    3) Li, K.K.; Xu, F.; Gong, X.J. Isolation, purification and quantification of ginsenoside F5 and F3 isomeric compounds from crude extracts of flower buds of Panax ginseng. Molecules 2016, 21, 315.
    4) Nguyen,H.T. et al. Dammarane-type saponins from the flower buds of Panax ginseng and their effects on human luekemia cells, Bioorg.Med.Chem.Lett.2010,20,309-314
    5) Yu,J.L. et al. Immunoenhancing activity of protopanaxatriol-type ginsenoside-F3 in murine spleen cells, Acta Pharmacol. Sin.2004,25,1671-1676